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2022.08.05インタビュー

プロモーション委員のマセソン美季さんにインタビューしました(後編)

1998年長野冬季パラリンピックにアイススレッジスピードレースで出場し、金メダルを3個、銀メダルを1個獲得したマセソン美季さんに、「冬や雪が楽しみになる生活」をキーワードとして、2001年から暮らしているカナダでの生活から得た札幌の街づくりのヒント、札幌2030冬季大会招致をきっかけに期待する社会の変化、また、2030年に向けた子供たちとスポーツの関わり方についてのアイデアなどをお伺いしました。



冬のアクティビティをしやすい仕組みづくりを


――公園でクロスカントリースキーを楽しむために人々が集まったり、先ほどはご自宅でスケートリンクを作るというお話もそうですが、マセソンさんのお話をお伺いしていると、カナダの人々は冬や雪を本当に楽しんでいる印象です。他にも、冬や雪のある生活が楽しくなる社会の仕組み、施策などで印象に残っていることを教えていただけますか?


まずは生活が安心安全にできるということが大前提にあると思います。それには、除雪がきちんと行われるかどうかが大きな鍵になります。こちらの学校は多くの子供たちがスクールバスに乗って行くので、夜中・明け方の早い時間に除雪車が来てくれて、登校時間までには幹線道路は本当にきれいにしてくれます。よほど嵐や吹雪のような悪天候でない限りは外に出ることができますので、それが有難いです。


その幹線道路の除雪以外にも、先ほどもお話しましたように、クロスカントリースキーができるようなコースや、側道や農地を使ってスノーモービルが走れる専用道路ができたりもします。そのスノーモービル用の道路に小さな道路標識も設置されます。雪が降るとスノーモービルの音が聞こえてくる。そして、その時期だけ農地にコーヒー屋さんができる場所もあって、みんなが集まって楽しんでいますね。あとは、日本でいうところのワカサギ釣りのようなこともできます。凍った湖の上には、釣り小屋の村が出現し、そこで深さ2mくらいまで氷に穴を開けて釣りを楽しんでいる人たちもたくさんいます。



マイナス20度でシャボン玉を膨らませると、凍るのご存じですか?、寒くならないとできないアクティビティが結構あります。ウインタースポーツをするために、学校のPTAの保護者たちで集まるとか、職場の仲間たちと集まると声がかかった時、車いすでふらっと行って普通にみんなと楽しめるというのが、日本にいたときの感覚とは少し違うかなと思いますね。日本にいたときは「私、車いすだけど大丈夫かな? 行けるかな?」という思考が働きますし、事前確認を強いられうことも多いのが面倒でした。余計なことを考えなくていいし、行きたい時に行きたいところで冬の特別なアクティビティを楽しみめる気軽さがあります。



――除雪に関しては行政の問題も関わってくることなのかもしれませんが、アクティビティに関してはカナダ、オタワの街の人たちが自ら率先して冬や雪を楽しんでいるということですね。


はい。学校とか地域のコミュニティでも雪だるまづくりのコンテストが行われたこともあります。こちらの雪はサラサラの雪質なので雪だるまを作れるような雪は貴重なんですが、そのタイミングでみんなが雪だるまを作って、雪だるまの身長を比べる大会がありました。そうすると小さいお子さんがいる家だけではなく、ご高齢の方が住んでらっしゃる家の前にも雪だるまが並んでいたりして、街全体で冬を楽しんでいるのだなという雰囲気がドライブしているだけでも伝わってきますね。


――聞いているだけでもすごく楽しそうな冬の雰囲気が伝わってきます。では、それらオタワで経験した「冬や雪を楽しむ」ということに関して、例えば札幌の街でも活用できそうな、また参考になりそうなことは何かありますか?


日照時間の短い冬は特に、外に出て体を動かすことが、カナダは推奨されています。健康寿命を延ばすにも良いことだと言われています。それは市民の中でも「もちろん、そうだよね」と認識されており、薬と無縁の老後を送るために、スキーブーツを履いて外に出よう。と言って活動する高齢者のグループに出会ったことがあります。体を動かした方が良いという価値観がカナダでは浸透しています。まずはそうした考え、意識を高めることや、仲間と共に活動する場づくりが大切だと思います。


一方で、冬のアクティビティはどうしても何かしらコストがかかるものです。ジャケットや特別な用具も買わないといけないとなると、それだけでハードルが高くなる人もいると思います。シーズン前になると、サイズが合わなくなった用具やウェアを安い値段で、時にはほぼ無料で交換するような合同バザーのようなものが開かれたり、また使わなくなったスケート靴などを学校に寄付しようという文化も根付いています。体育でスケートやスキーの授業があるときも、用具を持っていなくても問題ありません。経済的に困難な状況にある家庭が申請できる助成金の募集の広告も、多々見かけます。このように、私が住んでいる地域では冬のアクティビティを楽しむためのハードルが下がる社会の仕組みのようなものが自然とできており、スポーツへのアプローチのしやすさにつながっています。


「外に出ましょう。スポーツはいいですよ」と言われて、それはそうだと分かっていても、なかなかそこまで行けない、手が出せないという人たちは少なくないと思います。ですから、それがしやすいような仕組みづくりをしていかないと、ウインタスポーツは特に浸透しにくいと思います。カナダにいて思うのは、多くの人達の生活の一部にスポーツが浸透していることです。冬場にカフェに行くと外にクロスカントリースキーの板が並んでいたり、アイスホッケーの帰りなのだろうなというヘルメットをかぶった跡がある子供たちがたくさんいたりとか(笑)。そういうように、みんなが冬場に生き生きとしているのが当たり前になるといいですね。




――カナダ、オタワの街のそうした雰囲気というのは、マセソンさんが移り住んだ20年前当時からすでにあったものですか?


はい、そうです。もともとウインタースポーツが強い国ということもあるのかもしれないです。日本で言うところのプロ野球、プロサッカーの選手たちのようなメジャーな存在がカナダではアイスホッケーのプロ選手にあたります。そうしたプロ選手がスケート教室を普通に開いていたり、パパさんリーグでプレーしたりするんですよ。私の息子たちと同年代の子のお父さんがちょうどオタワ・セネターズの現役の選手だったのですが、そうしたプロ選手が普通に地元の学校に来てスケート教室を開いてくれたし、P T Aの大会にも出場しました。また、その際にもたくさんの用具を寄付してくれるだけでなく、大会運営の面でもいろいろと手伝ってくれました。地元の商店街の人たちも冬のアクティビティを楽しんでいる人たちのためにグッズを寄付してくれるなど、みんなができることを少しずつしながら、みんなが少しずつ豊かになれるようなちょっとしたアクションがあるのがすごくありがたいなと思いますね。



「自分たちの街の冬が変わった」と実感してもらいたい


――日本とカナダでのメジャースポーツの土壌が違うにせよ、カナダにはそのような社会の仕組みがあるのですね。今、北海道・札幌でもスポーツを一つのきっかけとしたより良い社会づくりのために、札幌2030大会招致を目指しています。セネターズの選手の例を挙げていただきましたが、より良い社会づくり、街づくりのためにオリンピアンやパラリンピアンが果たす役割についてマセソンさんはどのようにお考えでしょうか?


オリンピアン・パラリンピアンの発言力を上手く活かせたらいいですね。

より多くの人が健康な毎日を送れるように、スポーツを普及させることもできますが、例えば、温暖化が進んでしまうと、雪がなくなってしまう。スキーの選手達が、環境問題を身近なテーマとして考えてもらえるようなワークショップを行うとか、プラスティックゴミの削減のために、マイボトルを活用する。自分がこだわるエシカル消費について、発信するなど、ロールモデルになることも大切だと思います。

社会の仕組みや制度、物やサービスを使う上で不利な思い、不便な経験をしたことも多いパラリンピアンは、物作りやまちづくりへの参考になるアイデアもたくさん持っていると思うので、アクセシビリティの基本的な考え方や、法整備なども勉強した上で、問題点や解決策をわかりやすく伝える言葉を身につけることも大切だと思います。

考え、伝え、多くの人たちを巻き込みながら、しっかりと行動で示していくのがオリンピアンやパラリピアンに期待したい役割です。


――札幌でも今、市民の皆さんに大会招致の意義をご理解いただけるよう、マセソンさんをはじめプロモーション委員会の皆さんが頑張っていらっしゃると思いますが、2030年に向けて札幌はこのような街になってほしいとマセソンさんが思い描く理想の姿を教えてください。


地元の皆さんが「自分たちの住んでいる街が過ごしやすくなった。冬が楽しみになった」と実感してもらいたいと私は思っています。札幌2030冬季大会を招致したことで、これまで見送られてきていた除雪問題が浮上してすごく便利になったとか、これまで計画はあったけれどなかなか予算がつかなかった都市開発が進んで、その地域がこんなに変わって外出がしやすくなったとか、札幌2030冬季大会がなかったら冬場にこんなにウインタースポーツを楽しめる場所はなかったとか。冬の面倒な部分、厄介な部分において市民の皆さんが実感できるくらいに改善されて、生活が楽しくなるだけでなく、ウインタースポーツが身近になりアクティブで健康な市民が増えてほしいなと思いますね。


今、温暖化で雪が楽しめる場所は少なくなってきていますが、コロナ前、1月や2月にカナダから日本に行く飛行機は混んでいました。それはスキーを滑りに行く客だと聞いたのですが、わざわざカナダから札幌までスキーに行くんだ!って(笑)。カナダの人たちが魅力を感じる雪が札幌にはあるんですよね。もし、札幌の地元の人たちでもそのことを生かし切れていなかったとしたら、それはすごくもったいないことだと思いますので、今まで機会がなかった人たち、やりたくてもできなかった人たちにとってスポーツが身近になって、みんなでスポーツを盛り上げていくような変化があったらうれしいですね。


――地元の人たちにとっても大会が札幌の魅力の再認識、再発見になるようなきっかけになるといいですよね。カナダから札幌にスキーを滑りに行く人たちの例にもありましたように、私たちでも気が付いていない札幌の魅力というものが世界から見るとたくさんあるというわけですね。


はい、絶対にあります。美味しいものもたくさんありますし!


写真:ロイター/アフロ


オリンピック・パラリンピックは可能性の再発見


――大会ボランティアの方たちについてもお聞かせください。マセソンさんは選手としての立場、またそれ以外の立場でもパラリンピックに関わってきたと思いますが、ボランティアの存在をどのように思っていますか?


ボランティアさんたちの存在は本当に大きいですね。彼ら、彼女たちの印象が国のイメージとしても伝わっていくのだと思います。その意味では、北京2022冬季大会のボランティアさんたちがすごく印象的でした。それは2008年の北京夏季オリンピック・パラリンピックでボランティアをしていた人たちの力も大きかったと言われていて、そこで経験したことをもとにさらに向上させるにはどうしたらいいかとかなり改良されたということを聞きました。2008年夏季大会を私は経験していないのですが、両方を経験している方から、ボランティアさんの力も質もかなり向上されていると言われていましたので、東京2020大会の記憶があるうちに、関係した方たちも多くいる中で日本でも同じようなことができるのではないかなと期待しています。


ボランティアさんの印象で大会の印象がすごく変わります。私は今でもお世話になったボランティアさんたちの顔と名前を思い出せます。札幌の、そして日本のイメージを形成するのはボランティアさん達だと言っても過言ではないと思います。ボランティア教育を子供たちが学ぶ場があってもいいなと思います。北京2022冬季大会では、日本で言うところの外国語大学のような外国語を学ぶ学校の子たちがメインでボランティアをされていたのですが、大会があるということで彼らのモチベーションもかなり高まっていました。自分たちが勉強したことが実際に世界の人たちに役立てることができるということで、「一生懸命勉強して、この大会がすごく楽しみでした」と言っている若い子たちがたくさんいて、エネルギーも溢れていました。それを上回ることが札幌でもできたらいいなと思います。


――確かにボランティアさんの存在や思いによって、その大会の印象や思い出が大きく変わってくると思います。


私も選手として出場した1998年長野冬季大会以降もメディアやボランティアなど、いろいろな形で大会に関わってきましたが、20年以上前に出会ったボランティアさんと今も連絡を取り合っている人もいます。そうしたつながりが生まれるんですよね。日本の外に出なくても国際交流ができるということを小学生、中学生、高校生の子たちにも今から意識してもらいたいです。8年後と言いますと、今12歳の子が20歳になるわけです。大会に関わるのは選手や関係者だけではありません。どのように関われるか、どのような楽しい思いができるのかというワクワク感が若い世代に伝わればいいなと思います。


――東京2020大会では無観客開催となってしまったので、若い世代に直接伝えるという点では札幌2030冬季大会は日本全体にとっても大きな意味を持つのではないかと思います。そのワクワク感や2030年のオリンピック・パラリンピックをこうして迎えたいと子供たちや若い世代にイメージしてもらうためにどうすればいいか、もしマセソンさんにアイデアがありましたら教えてください。


東京2020大会の前に機運醸成のイベントがありましたが、スポーツ体験など、スポーツを見せましょうという形のものがすごく多かったと思います。それはもちろん良いことだと思いますが、それだけではなくてスポーツとの関わり方はいろいろとあるじゃないですか。例えば、スポーツを見て「私はスポーツ中継をやりたい」という子には実際に実況中継をやっている方と一緒に体験してもらうとか、そうしたことをやった方がいいのではと思ったことがありました。また、スポーツをするのはあまり好きではないけどスタッツをつけることがすごく好きな子には、ゲームアナリストという仕事があるということを教えてあげられたらと思います。テクノロジーで選手を支える、食事で体づくりのサポートをする、サイバーセキュリティーに備える、大規模な人の移動が円滑になるサービスを提供する。関わり方はたくさんあります。


スポーツというものは何も体育の時間に一番目立っている子がするものではなくて、そうではない子たちにもスポーツを支えること、関われる可能性があるということを機運醸成イベントの中でもっともっと広いレベルで、総合的なイベントを開催してほしいなと私は思っています。選手だけではなく、きっかけは何であれ形を変えてスポーツに携わってくださる方たちを全体的に増やしていきたいと思っていますので、子供たちにもそうしたいろいろな分野や可能性があるということをスポーツ界から発信できればと思っています。


――それでは最後に、マセソンにとってオリンピック・パラリンピックとはどのような存在でしょうか?


色々な意味で可能性の再発見なのかなと思います。選手として出場したときには自分が金メダルをとることができるなんて一つも思っていなくて、コーチもびっくりしたような感じでしたから(笑)。もちろん、それだけではなくて、街も変わり、人も変わる。もし大会が来なかったら、このような変化を知ることもできなかったのだろうなと思うと、大会が秘めている可能性はものすごいと思います。


私は小さいころからオリンピックが大好きで、オリンピックが開催されている時はテレビにかじりついて夜遅くまで見ていたくらいでした。ロサンゼルス大会のころ私は水泳部だったのですが、水泳のできない子が長崎宏子選手の泳ぎを見て「私も泳ぎたい」と言って水泳部に入部したこともありました。バルセロナ大会を見に行きたいからとスペイン語を勉強していた友達もいました。

オリンピックってこういう力もあるんだと思いましたね。だから、いろいろな可能性を秘めているのがオリンピック・パラリンピックだと思います。


ワールドカップなどの国際大会もたくさんありますが、やはりオリンピック·パラリンピックは何か違う力があると思っていますので、それが札幌で実現するとしたらどのようなことが起きるのだろうと、今からすごくワクワクしています。



マセソン美季(ませそん・みき)

アイススレッジスピードレースで1998年長野冬季パラリンピック大会に出場し、金メダル3個、銀メダル1個を獲得。国際パラリンピック委員会理事、北海道・札幌2030オリンピック·パラリンピックプロモーション委員会委員。