ニュース

2022.07.29インタビュー

(後編)日本パラリンピック委員会(JPC)委員長の河合純一さんにインタビューしました

 1992年バルセロナ大会から2012年ロンドン大会まで水泳でパラリンピックに6大会連続で出場し金メダル5個を含む21個のメダルを獲得、現在は日本パラリンピック委員会(JPC)委員長を務める河合純一さんに、東京2020大会はパラスポーツや障がい者への理解にどのような影響をもたらしたか、札幌2030冬季大会の招致によって期待されること、2030年へ向けた理想の共生社会などについて語っていただきました。


写真:アフロスポーツ


10年後は東京2020大会直後よりさらに上のステージへ


――河合委員長はパラアスリートとして様々な国で開催されたパラリンピックに6大会出場し、またパラリンピック日本代表選手団の団長として母国開催となった東京2020大会を経験しました。これらの経験から母国でのオリンピック·パラリンピック開催の意義、良さはどのあたりにあると考えていますか?


やはり、それだけ注目されることだと思いますし、応援してくれる人がたくさんいるということだと思います。それも時差がなく国民の皆さんにアプローチするきっかけがあったということですから、それはものすごい力になっただろうなと思います。当然、その選手のコンディションによっては逆にプレッシャーに感じた人もいたかもしれません。でも、そこまで注目されることはそうそうあるものではないので、本当に大きな力に変えてくれて活躍いただいたのではないかなと思います。


――東京2020大会をきっかけにそれだけ注目されたことによってパラスポーツ、障がい者への理解が進んだということですね。


一方で、パラリンピックに出ている選手=障がい者の代表みたいな図式になりすぎるのも、我々としては本意ではないところもあります。ただ、先ほども言いましたように一部を切り取ってテレビなどで流れることによって、どうしてもそういうイメージができてしまうことは無きにしも非ずだと思います。でも、この変化が起こりうる過渡期に全てをまんべんなく、バランス良くアベレージを上げることは難しいことです。そういうブレークスルーを起こしていくという意味においては、パラリンピック、あるいはパラリンピアンたちのパフォーマンスというものはそれだけのインパクトを与えるものなのだと思いますね。ですから、どこかが突き上がっていって、それに呼応して付いていけばいいこともあると思います。もちろん、例えば障がいのあるいろいろな方々の全てをパラリンピックで網羅しきれてはいないです。でも、これだけ世界中が障がいのある方々に注目するイベント、13日間の出来事というのは4年に1度ですよね。冬季大会も含めれば2年に1度になりますが、非常にインパクトがあるからこそいろいろな国·地域、開催した国は特にそうした影響を受けて変わっていくのだろうなと思います。


――では、これまでお話いただいたことを踏まえまして、河合委員長は2030年までにどのような形·姿での共生社会が実現してほしいと思い描いていらっしゃいますか?


そうですね、例えば学校では障がいのある子が普通に体育や部活に参加できて、企業ではそれぞれの職場に障がいのある方々が普通に通って仕事を一緒にしているというのが当たり前になっている。そして、地域でスポーツを楽しみたいと思ったときにいろいろな選択肢があるような状態を目指したいなと思います。


共生社会というのはついつい一緒に何かしていれば、あるいはそういう場所に一緒にいれば共生しているような錯覚に陥るのですが、共生とはやはり具体的な活動などから排除されていないという状態を指すのだと思いますし、障がいのある方々が排除された、除外されたという意識にならない状態を目指さなければいけないと思います。ですから、受け入れる側と受け入れてもらう側みたいな発想ではなくて、常に今、社会そのものに障がいのある方もない方も、男性も女性も様々な方もいるということが当たり前の前提条件であって、それをより魅力的な状態にするために、例えばスポーツを活用できないかということなのではないかなと思いますね。やはり、誰もが持っている能力やスキルを活かして社会に役立っていくということに障がいの有無というのは関係ないと思います。


東京2020大会においても、障がいのある方々もボランティア活動に参画することでいろいろな気づきや経験を得た方々もいました。障がいがあるからいろいろなサービスを受ける側、というように今まではステレオタイプに思いがちだったものが、障がいがあるからといっても何か自分ができる形でやりたいという気持ちがあれば、できることをやって社会の役に立っていこうということが認められるモデルを、少なくともこの東京2020大会で示したと思っています。そうしたことが社会においても日常的に当たり前になっていくと良いなと思います。


――札幌2030冬季大会に対して今、河合委員長はどのような期待を持っていますか?


そうですね、やはり日本の選手が活躍するということがとても大きな要素だと思っています。我々JPCとしても、昨年の東京2020大会もそうですし、北京2022冬季大会もそうでしたが、選手の活躍する姿があって、それによって報道していただくということにつながります。ですので、それをNF(国内競技団体)とともに支えていくことは我々がやっていかなければならないことですし、選手団を編成するJPCとしての責任の一つだと思っています。それと同時に、先ほどから申し上げていますように、子供たちに対する啓発、教育などにも力を入れることによって、実際に観客として競技や選手を見たときにパラリンピアンたちのパフォーマンスのすごさ、言葉の意味などをストレートに受け止めてくれるようになっていただくためにも、そうした取り組みもしっかりとやっていかなければいけないと思っています。そうすることによって、間違いなく10年後は今の東京2020大会が終わった直後よりもさらに上のステージでいろいろなことが始まり、次の2040年に向けてのスタートが切れるだろうなと思います。時間はかかるけれども、人から人へつないでいくものを私は大切にしていきたいなという思いがあります。


――JOC(日本オリンピック委員会)の山下泰裕会長もおっしゃっていましたが、東京2020大会で生まれたムーブメントを一過性で終わらせるのではなく、札幌2030冬季大会を開催することで継続していくことが重要だと思いますし、何よりも次は多くの皆さんにライブ観戦をして、オリンピック·パラリンピックの魅力を体験してほしいと思います。


もちろん、会場で見ることができる人の数は一定数しかいないというのも事実ですが、その中で盛り上がり、選手たちも多くの観客の声援に後押しされながらプレーできる自国開催ならではのアドバンテージを最大限に感じて競技ができる状況も作ってあげたいなと思います。また合わせて、そのころには新たな技術の活用によって今とは違った競技観戦の形があるのかもしれません。そうしたことも含めて、世界に向けても2030年はまた新たな魅力を日本が発信できる一つのきっかけにもなってほしいなと思います。


写真:アフロスポーツ


東京2020大会はかけがえのない体験


――東京2020大会は、河合委員長がおっしゃいましたようにオリンピック·パラリンピックの魅力を再認識した人がたくさんいる一方で、特に大会前は大会に対してネガティブな感情を持つ人もいたかと思います。そのような人たちに対して、河合委員長は今の段階でどのような言葉を投げかけますか?


そうした考えを持つ人たちは一定程度いると思いますが、私の中では2割くらいなのかなというイメージです。JPCでも実はインターネットを通じて日本全国の方たちにアンケート調査を行っていまして、その中で障がいのある方々と自分は無関係だと思っている方々が3割いました。いろいろな意見が当然あると思いますし、まさにそれも多様性だと思います。ですから、我々が片方ではダイバーシティとかインクルージョンとか言いながら、反対する方たちの意見そのものを聞かない姿勢が一番良くないと思います。でも、反対する方たちの意見が全て正しいわけでもないと思いますし、もちろん我々が言っていることが全て正しいかどうか分からないこともあるかと思います。東京2020大会組織委員会の橋本聖子会長もおっしゃっていましたが、この大会が良かったかどうかは後世の判断にゆだねざるを得ないことも起こってくると思います。ですから、そういう意味においてそれぞれのときに我々なりに信じたものを、少しでも多くの皆さんに賛同いただきながら進めていくしかないのだろうなと思っています。とはいえ、強引なやり方は反発を招く以外ないとも思っていますので、丁寧に向き合って話す中でお伝えしていくしかないと思っています。


一方で、子供たちにこそちゃんと正しい姿と、これからのあるべき姿を我々が見せていくことができれば、10年後には大人になってマジョリティになったり社会を作っていく立場になっていくと思います。これはよく言うことなのですが、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)のようなことを理解した子供たちが大人になれば、会社に入ってD&Iの部署やセクションに配置されなくても、ものづくりをしようと思ったら障がいのある方も使いやすいように考えようかな、これがあった方がいいよねという会話が普通に出てくる。そういうことが大切なのではないかなと思います。


もちろん、障がいのある方々のために何かをつくる·生み出すサービスや商品開発は、それはそれで意味のあることですが、今改めて問われているのは、誰もが魅力的だなと思うものは障がいのあるなしを超えても使えるようになっていることが価値だと思います。15年、20年前に駅の券売機がボタンからタッチパネルになったときは視覚障がい者の中で大変な騒ぎになりました。でも、それがテクノロジーによって普通に私でもスマートフォンなどを操作していろいろなコミュニケーションがとれるわけですよね。これはソフトやアプリが開発されたからですが、そう振り返ると、できないと思っていたことはできないと思い込んでいた人の頭の中ができなかっただけで、できるようにしたいと思う人によって突き動かされて変わっていった歴史でもあると思います。ですから、全てを全否定するのではなくて、うまく取り込みながら進めていくしかないのではないかなと思っています。


――そうですね。特効薬というものは絶対になくて、コミュニケーションをとり続けていくことが大事だと改めて思いました。


絶対というのはないじゃないですか。1年延期するオリンピック·パラリンピックなんて絶対にないと皆さん思っていましたから(笑)。ですから、固定概念的なものは打ち砕かれていると思いますが、一方でそうしたことをやろうとするとどうしても時間がかかりますし、スピード感は落ちると思います。でも今、最初から少し時間がかかることを織り込み済みで計画を立てられることが分かってきたことが大切で、これまで3カ月でできたことが実際には6カ月かかると分かったら、日本人の性格からすればその前から手を付けていけば対応できるわけです。ですから、もう少しそれらを意識していくだけでも変わっていくのではないかなと思います。そして、関わっている人たちがみんな意識することで短縮されていくかもしれないですし、もしかしたら同じ3カ月で間に合うようになるかもしれないですよね。


――確かにオリンピック·パラリンピックが延期するとは誰も想像していなかったと思います。


そうですよね、僕もまさかと思いました。でも、それが起きてしまいましたし、日本だからこそ1年延期でもやり切れたところも含めてあると思います。そういう意味では不確実な世の中だからこそ、自分の心身を鍛えたアスリートたちのパフォーマンスに一つの真実の姿と言いますか、そういうものを見つけることもできるのがオリンピック·パラリンピックの良さだと思います。また、それによって勝敗が決定するわけですから、悔しい思いやいろいろなものにぶつかるわけですが、それも含めて選手が人生として受け止めて、また糧として前に進んでくれればと思いますので、そのような視点でオリンピック·パラリンピックを見てもらえるといいなと思います。


――オリンピック·パラリンピックは競技する側と応援する側、人と人とのつながりによって良いシナジーが生まれるものでもあると思いますが、河合委員長はそうしたオリンピック·パラリンピックの魔法と言いますか、オリンピック·パラリンピックならではという体験はありますか?


やはりオリンピック·パラリンピック以外では、他の競技の選手とつながれることがそもそもなかったですから、それが一つの大きなことだったと思います。もちろん、海外の選手もそうです。ただ、東京2020大会に関しましては、私としてはどちらかというと裏方側でやっていましたが、本当に組織委員会とボランティアの皆さんに尽きますよね。あれだけ大変な中でやり切っていただいた皆さんの頑張りのおかげだと思います。そういう意味では、私も準備などに関わってやってきたので、一緒に戦ってきた同志のような気持ちをすごく感じましたね。先日もそのような方たちにお会いする機会が何度かありまして、いろいろなことを乗り越えて、時には飲み込み、受け止めながらやり切ってきた、本当に大成功と呼べるものだったと私たちは思っていますから、そういうものができたことはかけがえがないですよね。


また、皆さんがおっしゃっているように、1年延期になったとはいえゴールがあるということはすごいことだと。いつ終わるか分からないけど同じペースでやり続けろと言われたら絶対にできないと、皆さんおっしゃっていました。ですから、スポーツの良さってそういう面もあるのかなと。ピリオダイゼーションというものがありますが、これは魅力の一つであり、そこに向かって何かする。目に見えての分かりやすさというものは大きいのでしょうね。


――今、いろいろなことが複雑になっている世の中で、スポーツはある意味単純でもありますからね。


そうですね、スポーツはシンプルでもありますから。それはスポーツの良さ、魅力の一つだと思います。


写真:アフロスポーツ


河合純一(かわい·じゅんいち)

日本パラリンピック委員会委員長。水泳で1992年バルセロナ大会から2012年ロンドンまで6大会連続でパラリンピックに出場。金メダル5個を含む21個のメダルを獲得した。


写真:アフロスポーツ