オリンピック・パラリンピックStory

世界中のトップアスリートが競い合うオリンピック・パラリンピックでは、勝敗に留まらない様々なストーリーが生まれます。それはオリンピック・パラリンピックが、同じルールのもとでアスリート同士が競い合い、高め合うことを通じ、多様性を認め、お互いに理解しあうことでより良い社会づくりに貢献していくことを目指しているからです。
ここでは、アスリートたちが過去の大会でオリンピック・パラリンピックの価値を体現した名場面、私たちの心を熱くしたエピソードを振り返ります。


オリンピック・パラリンピックが 私たちの心にもたらすもの


 札幌で行われた東京2020オリンピックの陸上男子マラソンでは、オランダのアブディ・ナゲーエ選手が銀メダル、ベルギーのバシル・アブディ選手が銅メダルを獲得しました。2人はソマリア出身ですが、内戦により祖国を離れ、難民としてそれぞれ違う国から出場していました。 ゴール直前、バシル・アブディ選手は先を走るアブディ・ナゲーエ選手からの、手招きと励まされるようなしぐさに応え、3位争いから抜け出し、見事メダルを獲得しました。困難を乗り越え栄光を手にした2人の姿に、世界中が感動しました。



 東京2020パラリンピックの自転車ロード女子タイムトライアルでは、杉浦 佳子選手が日本のパラリンピック史上最年長の50歳で金メダルを獲得しました。 金メダル獲得後の「最年少記録は二度と作れないけど、最年長記録はまた作れますね」という言葉は、パラアスリートの不屈の精神を象徴するとともに、さらなる高みを目指して挑戦し続ける姿が、多くの人の心を動かしました。



 平昌2018大会のスピードスケート女子500メートル決勝では、 金メダルを獲得した日本の小平 奈緒選手が、レース後、涙を流すライバル・韓国のイ・サンファ選手をたたえる姿が話題になりました。



 日本で行われた冬季大会に目を向けると、長野 1998大会のスキージャンプラージヒル団体で、日本は1回目のジャンプで4位と出遅れてしまいました。しかし、悪天候による中断を経て、日本勢は4人全員がK点越えのジャンプを成功させ、大逆転で金メダルを獲得しました。 また、札幌で開催された1972年大会のスキージャンプ70m級で、日本の三選手が金・銀・銅メダルを獲得し、冬季大会で初めて表彰台を独占しました。これをきっかけに、日本のスキージャンプチームは「日の丸飛行隊」と呼ばれるようになりました。 形のあるものをもたらすだけではなく、私たちの心に感動を呼び起こしてくれるものがオリンピック・パラリンピックなのです。